自己中心的にオレ様で生きていくことはできません。やっとここまで生きてきて、学んだことです。
早朝ジョギングコースの中に、神社で参拝することを加えています。鳥居の前で、帽子と手袋を外し一礼します。手水をし、清めます。一礼し、「日々のお導きに感謝します。家族が健康で生活していること、新たな気づきを得られたことを感謝します。」と当たり前の有り難さと気づきを得られたことに感謝し、二拍手、合掌、一礼。
薄暗い中で、まだ月明かりのキリッとした美しい夜明けのある早朝は、人もほとんどおらず(それでも2〜3人はすれ違います。)、ひやりとした空気の中に荘厳ささえ感じます。
私は、他人に笑われるほど自己中心的で、欲張りな人間です。(本当は、でした。としたいところですが、まだまだです。)
長女が大学を休学し海外へワーキングホリデー制度を使って渡航するという親からすれば、無謀な挑戦をしました。エージェントもつけず(経済的な理由から応援できませんでした。)、自分で全てを段取り、実行に移しました。親として、初期費用にススメの涙ほどの援助しかできなかった。渡航してしまった長女に何もできませんでした。向こうに行って、住むところは見つかるだろうか…とか、病気になったら…、仕事が見つからなかったら…、文化も違う国で困難に対応できるだろうか…。困ったことがあったら、今まではなんとか足を運び手助けできる距離にいたけど、今回は何もできない。私には、ただただ祈ることしかできなかった。祈るだけでは、願いは届かないように感じて、僕の好きなことをやめて、祈ることを続けました。
祈りは、良い生き方を導いてくださると感じています。そして、自分の中になんらかの気づきが降ってくるようなそんなことも感じられるようになりました。自分中心だけではなく、周りも少し気づけるようになってきたと思います。
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